BEIJING DESIGN WEEK(北京設計週)

9月26日~29日の4日間、北京設計週を訪問。今年のテーマは「スマートシティ」。現代の中国そのままのテーマ。今年は、黒川雅之さんが主宰する「物学研究会」が設計週のプログラムの一つしてトークセッションを行うことになり、メンバー総勢20名程と訪問することに。

9月26は設計週のオープニングレセプション。ブラックフォーマルの指定もあるレセプションでは、レッドカーペットならぬブルーカーペットを歩く。

ブルーをテーマカラーとした「北京設計週」の印刷部の数々。スケールはすごい。

トークセッションの会場であり、私たちの滞在先となった大型開発「当代MOMA」。アメリカ人建築家スティーブン・ホールの設計。10棟の高層ビルが空中ブリッジで連結。この部分はギャラリー、住民用のスポーツ施設、セッションルームなど。笑っちゃうくらいのスケール感。

物学研究会・北京設計週レポートは近々http://www.k-system.net/butsugaku/にて。

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これって何だ? 子どもってすごい!

生誕100年を記念して、香川県高松市では建築家、丹下健三にまつわる展覧会や建築ツアーが行われている。東京に巡回される予定がなさそうなので、久々に高松を訪れたついでに、「瀬戸内国際芸術祭」を2013年も巡ることに。まずは瀬戸内に美しい自然を堪能しながら、豊島と小豆島を一巡り。

数あるアート作品の中で面白かったのが、小豆島の福田地区の由緒ありそうな神社の森の中に建築家の西沢立衛さんが作った「葺田パヴィリオン」。布のような巨大は鉄板を2枚重ねるという明快なオブジェ。遠くから見ると、巨大な布のように見えるが、近づくと巨大は鉄板であることがわかってくる。単純なだけに、施工は大変だったろうなあ。

そんな二枚の鉄板の隙間を、子どもたちが耳をつんざくような歓声を上げながら、縦横無尽に走り回っている。この不思議な空間が、彼らのファンタジーを刺激したのだろうか……。「どうにも、止まらない、どうやっても、止まらせられない」といった風に、走ったり、転げたり、飛び跳ねたり。女の子たちは、鉄板のかすかな窪みにたまった水に惹きつけられるのか、飽きずに水遊びをして下着までびっしょり。西沢さんは、子どもたちがこんな風に遊びまわる風景を連想しながら設計したのだろうか?

思ったのは、子どもの想像力ってすごいなあということ。単なる傾斜、揺れ、穴、水たまり、声の反響、そんな単純な要素で、びっくりするような多彩な遊びを見つけ出して喜んでいる。彼らの目には、この葺田パヴィリオンはどのように映っているのだろうか?

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『おもちゃと遊びのコンシェルジュ』の撮影

『世界のおもちゃ100選』発行から約10年。今、子どものおもちゃと遊びについての本を執筆中です。今回は、子どもが自分の気持ちやイメージを自由に表現できる遊び、そんな遊びを引き出してくれるおもちゃを紹介します。こんな本を作ろうと思った背景には、日常の生活にもっともっと遊びを取り入れてほしいし、遊びを通して家族がもっともっとコミュニケーションを密にできれば・・・という願いを込めています。そのために、おもちゃの紹介だけでなく、遊びやおもちゃを生活に取り込むヒントとして、「遊びのレシピ」もご紹介する予定です。

8月5日、猛暑の中、我が家で撮影を行いました。私のアイデアを基にサンプルを作ってくださったのは、グラフィックデザイナーの三沢紫乃さん、モデルは三沢さんの二人の息子、慎太郎くんと巧くんです。日ごろから、いろんな物作り遊びに親しんでいる二人、ここでものびのびと楽しく遊び、撮影に協力してくれました。彼らの様子を見ていて、やっぱり、全身を使って遊びこと、自分の気持ちやイメージをのびのび表現することの楽しさを実感。撮影はランチを挟んで、10時から5時まで。撮影者の中西さん、編集協力の浦川さん、出版社の久保田さん、お疲れさまでした。

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ボーネルンドの被災地冊子

『3.11以降の子どもとあそびの記録』を冊子の企画編集を行った。発行元はボーネルンド、キドキドという遊び場の運営や世界の遊具の紹介をしている会社で、トライプラスのクライアントでもあります。大震災の2年目にあたる3月11日には、この冊子の取材のために、大川小学校をはじめ仙台市周辺の被災地を回っていました。

この冊子は、3.11以来、あそびを通して子どもや地域社会を支援しているボーネルンドの活動を中心に、同社の応援団の人々のインタビューを交えて構成しています。4か月ほどの取材編集作業を終えようやく完成し、配布されます。

東京で生活していると、日々の忙しさに紛れて、3.11のことが遠ざかって行ってしまいます。けれども、未だに多くの人が仮設住宅に住まい、生活の再建もままならない。取材先では一様に「忘れてほしくない!」というメッセージをもらいました。

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3.11 以降の子どもたち

東日本大震災から2年目の2013年の3月11日は、仙台で迎えた。

3.11以降の子どもたちの様子を冊子にまとめるという仕事で、前日は福島県郡山市内で開催された子ども向けのイベントの取材。放射線の影響で外遊びができない子どもたちのために、室内でも親子で楽しめる体遊びのワークショップや屋内遊び場などを訪問。一見、東京の親子連れと何ら変わった様子はないけれど、何人かのお母さんからは「外遊びもハイキングも県外にまで出かけている」とか「線量計が手放せない」「今まで以上に子どもの健康状態が気になる」など、放射線同じように目に見えない恐怖と闘っている親子の生活の厳しさを突き付けられた。

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11日は朝から被災地を巡る。最初に訪問したのは東松島市内の仮設住宅。建築家の有志による“帰心の会”が取り組む「みんなの家」、ここは蔦屋を運営するカルチャー・コンビニエンス・クラブがサポートする「子どものみんなの家」の竣工間近だった。仮設住宅内にある住民のための集会所には10人以上の方々がテレビを見たり、マッサージチェアで寛いだり、グループで手芸や工作をしながらおしゃべりしたりしておられた。手芸や工作の完成品はボランティアに来てくれた人へのお礼に差し上げるそうな。一見、和やかなおしゃべりの会のようだったが、別れ際に一人のおばあ様から「昼間は何とか過ごしているけど、夜、一人でいると不安で泣けてくるんだよ。私だけでなく、みんな同じ・・・」と話しかけられた。即座に返す言葉が見つからなかった。

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午後は全校生徒の7割が犠牲になった石巻市の大川小学校を訪問。地震発生した午後2時46分に黙とうが捧げられるという。外観だけを留める校舎は柵が張り巡らされて立ち入れないが、その周りに碑やお地蔵さまが建てられて、たくさんの献花が唱えられていた。すぐ横に北上川が流れる風光明媚な土。今はすべてが流され、残っているのは鉄筋コンクリート造りの校舎だけ。

10日と11日は、3月といえ、晴れていても気温が低く、冷たい強風が吹きすさび、東京人にとっては身も凍るような気候。3.11の当日も小雪が舞う寒い日だった。福島県では放射線の影響で、子どもたちは屋内に閉じ込められたまま。それだけでなく子どもの多くが県外に移ってしまったために、園児が激減して経営困難に陥っている幼稚園や保育園もたくさんあるとのこと。東北各地に建てられた仮設住宅の多くも、人郷離れた場所にあるため、ほとんどの人の日常生活は閉じ込められたまま。そして取材を通して出会った郡山のお母さん、仮設住宅の人たち、小児科の先生やお寺の住職さん、みんなが言っていたのは「目に見える希望や夢がほしい」。

未来をつくる子どもたちのために、デザインで何ができるのか・・・。これから「子ども」と「デザイン」を軸に、感じて、知って、思って、考えたことを記していこうと思います。

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妻有アートトリエンナーレ 大地の芸術祭を訪ねて No.2
「気づきの触発」

「当たり前の再発見」「気づきの触発」「向こう側への思い」。妻有アートトリエンナーレを訪ねて感じたことの第一は、これだった。

2006年度の作品の中に「たくさんの失われた窓のために」(内海昭子作)という巨大な窓枠のようなオブジェがある。風にたなびく半透明のカーテンがかけられたフレームを通して見られる里山の景色は、巨大な風景画と変貌し、大地の美しさを際立たせる。これは、当たり前に存在する風景の再発見に他ならない。

新潟中越地震、あるいは豪雪のためなのか、壁が傾き、床が軋む農家。もはや住人を失った廃屋でも、アートが持ち込まれることによって、かつての人々の営みの存在に想いを巡らせ、豪雪地帯ならではの暮らしの知恵を気づかせてくれる。そして、無意識に都会の便利で快適な生活と、辛抱のいる慎ましい北国の暮らしぶりを比べて、自分にはとうていここで生活することは無理だなあ、などと考えてしまう。けれど、夏の間だけ百日草やカンナといった懐かしい花々が咲き乱れる華やかな農家の庭先を歩くとき、ここで暮らす人たちの並々ならぬ「生」への執着を感じ、なぜか心が和んでくる。

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妻有アートトリエンナーレ 大地の芸術祭を訪ねて No.1
「大地と人々の営みと・・・」

大自然よりも、文化的、都市的なものに魅力を感じてしまう。・・・なので、最近、国内の旅といえば、もっぱら京都や奈良だった。こうした歴史都市には、1000年以上にわたる人々の営みが幾層にも積み重ねられていて、数回の訪問では決して知りえない、一筋縄では味わうことの出来ない魅力が塗り込められているからだ。

でも、たまには趣を変えて、違った地域も訪ねてみたいと考えていたところ、「妻有アートトリエンナーレ、なかなか良いよ」と友人たちに勧められる。確かに!自然と現代アートが同時に楽しめそうだ。それに、こうしたイベントには、たいてい「地元地域の活性化」とか「人々の交流」などのお決まりの看板が掲げられるが、果たして実際はどんなものなのだろうか、そんな好奇心に後押しされて、さて、出かけてみますか。

妻有アートトリエンナーレが開催されている越後妻有地域は、現在の新潟県十日町と津南町。かの魚沼産コシヒカリの産地であり、日本屈指の豪雪地帯。しかし、晩夏のこの時期、山地に切り開かれた美しい棚田には収穫を間近の稲穂が風にたなびき、冬の厳しさなど微塵にも感じさせない。日本人なら誰もが懐かしく、美しいと感じる里山の風景がそこにはある。このトリエンナーレには、ここで暮らす人々が気の遠くなるような努力で過酷な大自然を切り拓き、築き上げてきた田畑や山村を背景に、370ものアートが展示されている。地図を片手にそれらの作品を訪ね歩くことが、そのまま妻有地区の自然や人々の営みの発見につながる、そんな仕掛けになっている。

実際に現地に行ってみると、作品の背景には美しい棚田や田畑が広がり、主を失った農家の廃屋には過酷な北国の生活の痕跡がそのまま封印されている。こうした大地や村々の佇まいこそ、何よりも貴重なアートのように感じられる。

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ソニーデザインの復活を願って・・・『超感性経営』出版

『超感性経営』の著書の渡邊英夫さんは、当サイト「デザイントープ」とも関係の深い、物学研究会のディレクターを務めたデザイン界の重鎮だった。そして、1970~90年代初頭にかけてソニーデザインがもっとも輝いていた時代に、「Mr.ウォーマン」として知られた黒木靖夫さんと両輪体制で、ソニーデザインの基礎をつくった名デザインマネージャーでもあった。

その渡邊さんは、まさに本書の編集作業に取りかかった矢先、すい臓がんとの闘病生活に入り、本の完成を見ることなく昨年秋にお亡くなりになった。けれども、渡邊さんの遺志を継いで、多くの人たちの惜しみない支援と協力をもって、渡邊流デザインマネジメントのメソッドが凝縮し、『超感性経営』は完成した。

タイトルは、渡邊さんが生前に記していた本書の準備メモにあった「タイトル=感性経営」をそのまま採用させていただいた。「感性」という言葉は、デザインやアートといったクリエイティブな世界では、ある種の「危うさ」を含んでいる。下手をすると、「上っ面の表層的な感性」と受け取られてしまうからだ。しかし、渡邊さんが表現したかった感性とは、本書の副タイトルでもある「目利力、予測力、説得力」であり、幅広い知識と深い洞察なしには得ることのできない感覚を意味している。本書は、どんなビジネスやプロジェクトにも欠かすことのできない「目利力、予測力、説得力」の体得のメソッドを、「デザインマネジメント」という実践を通して具体的に語っている。

渡邊さんが、ソニーのデザインマネジャーを務めていたのは、ソニーデザインがもっとも輝いていた時代。デザインが製品に感動と魅力をもたらせると信じることのできた時代だ。

本書には「20年前のお話だから・・・」とは言い切れない、デザインという領域を超えて、あらゆるビジネスやプロジェクトに応用することのできるマネジメントの本質が語られている。

【関連サイト】

本書購入をご希望の方は▶http://www.knowledgex.co.jp/watanabe/

物学研究会▶http://www.k-system.net/butsugaku/

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パリ<5> 都市機能の参考例

サンジェルマン界隈を歩いているとき、同じデザインの自転車が10数台並んでいる光景に出会った。街中でも同じデザインの自転車に乗っている人を何人も見かけた。詳しいことは何も知らなかったが、ひょっとすると公共レンタサイクルシステムなのかな?と気になって写真だけを撮っておいた。

戻ってから検索してみると、昨年夏からパリ市が取り入れた「Velib’(ヴェリブ)」というレンタサイクルシステムあることが分かった。語源はフランス語で「velo(ヴェロ)=自転車」と「liberte(リベルテ)=自由」を合成しもので、自転車でパリを自由に動き回ろうよ、という目的なのだそうだ。使用するには加入料と使用料が必要だそうだが、大都市では駐輪のスペースも限られているし、こうした公共のレンタシステムがあるとありがたい。パリ市のこの取り組みは、環境対策としても興味深いが、デザインという視点で見るならば、物の価値が所有から使用に変わりつつある事を示唆している。

詳細は、コチラ(←クリック)を参考にしてください。

もうひとつ、パリリヨン駅近くあった鉄道の高架橋が市民憩いの散歩道とアートショップ街にコンバージョンされたという情報を聞きつけで出かけてみた。「ビアデュック・デザール」というらしく、高架橋の上部は植栽されて散歩道になっている。ウィークデイの午前中にも関わらず、ジョギングや犬の散歩を楽しむ人、通勤のため早足で通り過ぎる人など、結構活用されている。散歩道のアクセスも隣接するアパートの階段を共有するなどの工夫が凝らされていて、多数設けられている。下階は高架橋のアーチスペースを利用して、アーティストや職人のアトリエ、ショップになっている。正直、ショップには目ぼしいものがなかったけれど、都市にまっすぐ伸びる空中庭園はなかなか興味深い。

パリ2に「古きよきモノを残しながら、新しさへのチャレンジを忘れない行動力が、世界中から観光客を惹きつける原動力になっているのだ」と書いたが、美術館や劇場といった目立つところだけなく、こうした地味な部分にも新しいアイデアを取り込むパリは、やはり1年に1度は訪れたい街である。

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パリ<4> 国立装飾芸術美術館と国立自然史博物館

TOY展を見るために国立装飾芸術美術館を訪ねると、TOY展よりも大々的にファッションデザイナーのクリスチャン・ラクロワの回顧展が開催されていた。これが目的でなかったので、例の通りサクーッと眺めて歩いたが、その作品量と発想の豊かさ、まさに装飾芸術という名に相応しい手工芸の数々には驚いた。

日本の美意識は引き算だが、フランスの美意識は足し算だ。これだけ足し算しても上品さを失っていないところがラクロワさんの服の魅力なのだろう。 ・・・なんて、考えながらぐるぐる歩き回っていると、偶然デザイン部門に辿り着いた。同美術館の一番端の最上階部分だ。ラクロワさんのゴージャスな展示を見た後に、モダンファニチャーの陳列を見ると、なんだかアッサリしていて物足りない。日本人では倉俣史朗さんの作品だけ、欧米勢に混ざって寂しげに陳列されていた。でも、4層吹き抜けの展示空間が面白かったので、写真を撮ってみた。 子ども関係の仕事を始めてから、自然史博物館や技術博物館なども出来る限り見て回るようにしている。でも、実際に行って見ると、博物館や国によって、陳列のコンセプトやデザインが違っていて、とても興味深い。ミュージアムショップも子ども向けの教材や書籍など、日本にはない楽しいモノがいっぱいある。 パリの自然史博物館はフランス式の庭園を取り巻くように、植物園、鉱物、古生物、動物進化とテーマによって異なる建物にまとめられている。とりあえず動物進化館に入ってみる。外観は何の変哲もないクラシックな建築なのだか、中に入ると地下から5層吹き抜けの大空間に、さまざまな陸、水、空の動物たちの剥製が属性やテーマによって陳列されている。2階は象からねずみまでの動物の大行進が再現されていて、大迫力。1階は水棲動物のコーナーで、まるで魚が横を泳いでいるかのようなリアルな展示になっている。空間も15年前ほどにリニューアルされているそうで、一見の価値あり。上野の博物館も頑張っていると思うけれど、展示規模や種類の多さは遠く及ばない。

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