アメリカ サンフランシスコ

2005年にオープンしたゴールデン・ゲート・パーク内にあるデ・ヤング美術館を訪問。

北京オリンピックのメインスタジアム、通称“鳥の巣”、日本ではプラダブティック青山店などで知られるスイスの建築ユニット、ヘルツォーク&ド・ムーロン設計。印象的だったのは、坪庭のようなインガーデンとその今まで見たことのないようなユニークな植栽、照明や家具などインテリアへの気配り・・・、展望台からのサンフランシスコの眺め。寄贈者(企業)の名が彫込んであるベンチなどの家具類。サンフランシスコにいらしたら、一度はお出かけください。

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アメリカ サンタフェ

アメリカ、ニューメキシコの州都アルバカーキーからクルマで90分ほどのところに、サンタフェの町はある。かのジョージア・オキーフはこの町の郊外に暮らし、数々の名作と孤高の芸術家としての伝説を残した。多くのアーティストを惹きつけるサンタフェは、全米でも屈指のアートスポットであり、観光地だ。

ところが、飛行場からサンタフェへの道の途中に、「ロス・アラモス」という道路標識を見つけた。そう、第二次世界大戦中、オッペンハイマーを中心にした原爆開発のための「マンハッタン計画」の拠点となったロス・アラモス研究所のある場所だ。この道路標識を見るまで、サンタフェとロス・アラモスがこんなに近い場所にあるとは知らなかった。かつては、ネイティブアメリカンしか暮らしていなかっただろう茫漠たる荒野。こんな場所で、世界初の原爆が開発されたのだ。

荒野に位置するサンタフェはまるでオアシスだ。瀟洒なホテルやレストラン、ギャラリー、インディアンの工芸品を売る数々のショップが整然と建ち並ぶ。なんという植物の香りなのだろうか、セージのようなすがすがしい香りが風に乗って町を吹き抜ける。

旅の二日目に、やはりクルマで90分ほどのところにあり、世界遺産タオス・プエブロ、かつてネイティブアメリカンのプエブロ族の集落に出かける。集落はこの土地独特のアドビ様式(地元の赤い土に水と藁を混ぜ合わせて、乾燥した煉瓦を積み重ねる)で、吸い込まれそうな青空とのコントラストが美しい。現在はかつての住居の一部がショップやギャラリーになっており、プエブロ族の子孫が商いを営んでいる。今では、5家族ほどしかここには暮らしていなそうだ。

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